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<title>レッスン内容や教室の様子を写真付きでお届け | 札幌市南区のピアノ教室・音楽工房G.M.P the 大楽</title>
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<description>現役の演奏家、ピアノ講師と2つの顔を持つ代表が、日々音楽と寄り添う生活の中で感じたことや、これからピアノを始めたいと思っている方の背中をそっと押せるような面白いエピソードなどをご紹介しています。 また、演奏家としてコンサートやメディアに呼んでいただいた際にはいち早く情報をアップいたしますので、不定期更新ではありますが、定期的にチェックしていただけると嬉しいです。音を奏でる喜びと共に、美しい音楽に触れる楽しさを皆様にも味わっていただきたいです。</description>
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<title>現代ピアノテクニックは万能？</title>
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札幌市南区真駒内柏丘にある音楽教室(ピアノ教室、声楽教室)、音楽工房G・M・P(おんがくこうぼうジーエムピー)の大楽勝美です。しばらくぶりのブログです。ピアノを勉強されてるお子さんやピアノ大好きな大人の方が共通しての願うことの一つに「ピアノが上手に思い通りに弾けるようになりたい！」が必ずあります。そして、コンクールや発表会やコンサートで満足した結果を出したい気持ちがあるのではないのでしょうか？僕も同感です。そしてそのために一生懸命練習するのですね。最近(でもないですが)、ロシアンテクニック、アレキサンダーテクニックなど、ピアノテクニックについての動画や本がよく見られます。僕たちの育った頃よりは大変多くの種類が出ています。ちょっと多すぎる感もありますが。。でも情報としては悪くはないと思います。なかでもロシアンテクニックに基づくものがかなり多いですね。日本人のピアニストや先生なども実際に学んだ方も増えてきています。ヨーロッパ系ですとネイガウス、アメリカ系ですとジョゼフレヴィンなどのすばらしい先生たちの本も出ています。しかしながら、これらの本はあくまでも「ピアノ演奏の基礎」なるもので、色々な作品を演奏する時の礎的なものなのではないかと思います。特にロマン派以降の作品を勉強する時には非常にその効果があるかもしれません。でも、基本的な指の使い方、身体の使い方など子どもに対しての初歩的な指導には絶大な効果はあるように思います。ではベートーヴェンやバッハなどの古典派の作品には、これらのテクニックはどうなのでしょうか？「ベートーヴェンの音」、「モーツァルトの音」、「ポリフォニー作品」においては、これらのテクニックはどう作用するのでしょうか？子どもにとっても大人にとってもベートーヴェンはこう、バッハはこう弾きたい時に現代テクニックを使ってどう弾けばいいのか？ロシアンテクニックなどを駆使して弾く大ピアニストには、アルゲリッチやホロヴィッツがいます。ただ彼らはそれこそバックハウスやケンプ、ゼルキンなどのベートーヴェン演奏に定評がある大ピアニストと比べるとベートーヴェンの作品を演奏している例えばソナタ全集は出していませんよね!作品の好き嫌いだけではなく、いわゆる「音」なのではないかと思うのです。つまり、古典派やバロックの音、それはテクニックだけではないのではないかと。もちろん、ホロヴィッツなども作曲家の人間性などの深い部分は当然知っていて、そのうえであまり取り上げないのですから何らかの理由があるのでしょうね。話が横道にそれてしまいましたが、つまり、現代のピアノテクニックだけでは演奏できるレパートリーが限定されてしまう可能性があるかもしれないということなのです。一つのテクニックだけに固まってしまうと、確かにテクニックの質は上がるかもしれませんが、それだけになってしまって何を弾いても同じになりかねない危険もあるということです。弾けることだけに夢中になって作品の本質を見失うことだけは避けたいですね。テクニックには様々な種類があります。ヘンレ版のベートーヴェンの指使い校訂者でもあるコンラートハンゼン先生はイギリスの古本屋で見つけた一冊のピアノの本から15年かけてご自分のメソッドを確立されました。彼はベートーヴェンのみならず、ラフマニノフなどの近代作品の演奏も素晴らしく、しかも音色も千変万化でした。学生時代にコンサートを聴きに行って度肝を抜かれた記憶があります。一つだけにに凝り固まる危険性だけは避けたいものです。
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<link>https://musicagrande.jp/blog/detail/20260119110250/</link>
<pubDate>Mon, 19 Jan 2026 11:18:00 +0900</pubDate>
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<title>お久しぶりになってしまいました……</title>
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札幌市南区真駒内柏丘の音楽教室(ピアノ教室、声楽教室)、音楽工房G.M.Pの大楽勝美です。気がついてみればブログを大変ご無沙汰してしまいました。忙しさにかまけてというのは理由になりませんが、大きな本番が続きついそこに集中するあまり遠のいていまい、反省しきりです……。今年から「なんでもピアノ塾」というワークショップを始めました。8月で第4回目ですが、毎回テーマを中心に、受講される方々の普段からの疑問や今更聞けないピアノのこと何でもOKみたいな感じの内容で約1時間の講座形式で進めていきます。ピアニスト、先生、アマチュアのピアノ大好きな方々が、最初は遠慮がちに「こんな質問をしていいですか？」的でしたが、回数を重ねていくと、なかなか突っ込んだ質問、疑問をぶつけてこられて、みんなでそれを意見を出しながら解決していくので、スッキリしながら先へ進める良さがあります。このブログでよく書いている音楽の歴史とピアノテクニックの発達との関連性なども、僕が演奏しながら行うので、より具体的に理解してもらえるようになっていきます。ピアノの演奏テクニックや指導する時の確信がある太い幹が欲しいということ、その幹から伸びる枝葉がどれなのか、或いは正しいテクニックとは？という、拠り所を求めているんだなぁと感じます。そのためにその太い幹をしっかり理解してもらえるようにしていきたいと思っています。
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<link>https://musicagrande.jp/blog/detail/20250808223940/</link>
<pubDate>Fri, 08 Aug 2025 22:52:00 +0900</pubDate>
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<title>ピアノの演奏にも歴史があり！？</title>
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札幌市南区真駒内柏丘にある音楽教室(ピアノ教室、声楽教室)音楽工房G.M.P(オンガクコウボウジーエムピー)の大楽勝美です。いつもブログをお読みいただき、ありがとうございます。現代は何事も「紐づけ」するのが当たり前な世の中になりましたね。しかしながら「演奏の世界」は必ずしもその紐づけができてないというか、バラバラというか、わかりにくいというか、とにかくわかりやすいようで悩ましい部分も多々あるように感じています。何故でしょうか？それは300年以上もある音楽の歴史に由縁があるのかもしれません。古くは大バッハの次男、カールエマニュエルバッハの「クラヴィーアの技法」の著作など、バロックから現代までさまざまな著作が出版され、その演奏技法は変化、進歩しています。つまり、この「ピアノ(クラヴィーアも含む)演奏の歴史」を知り、その演奏技法を紐づけていくことが大事になってくるわけです。もちろんそこには、チェンバロから現代スタイルのピアノまでの歴史という楽器の発達も見逃せません。かつてコンラートハンゼンという大ピアニストで素晴らしい指導者(リューベック音楽大学やハンブルク音楽大学などの教授)がいらっしゃいました。彼はヘンレ版の校訂者としても有名ですが、何よりもピアノのテクニックにおいて「ハンゼンメソッド」とも言うべき、素晴らしいメソッドを作り上げた方です。かれはロンドンの古本屋さんで偶然見つけたピアノテクニックの本に衝撃を受け、ご自分独自のメソッドを10年間かけて作り上げていったそうです。そのメソッドはご自分の著作にはなっていませんが、彼に師事した日本人の方々によって本になっています。僕の先輩もハンゼン先生に指示されたのですが、留学した1年間はチェルニー40番の数曲しかやらせてもらえなかったそうです！その先輩というのは、日本音楽コンクールで1位か2位になった方なんですがね…。今の世の中は情報がすぐインターネットで検索でき、即座に色々な答えが出てきます。残念ながら音楽特に演奏テクニックにおいての歴史的重要な事柄について欠落していることも多いようにと思われます。インターネットの使用で便利になった代わり、素晴らしいピアノに関しての本なども絶版になったり、大事な部分が忘れ去られていく現実もあります。上面だけのテクニックの本やその時だけでしか使えない動画などが蔓延する現代こそ、確固とした「文献」から見えるピアノ演奏テクニックの変遷、例えばショパンはこう弾いたとかベートーヴェンはバッハの作品のこうやって校訂したなど、そういった文献を読んだほうがずっと身になると思いますし、そういうことをインターネットで検索したりすることによって、自分なりの演奏やテクニックへの紐づけができあがっていくのだと思います。
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<link>https://musicagrande.jp/blog/detail/20250517122730/</link>
<pubDate>Sat, 17 May 2025 13:55:00 +0900</pubDate>
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<title>ピアノの演奏今昔</title>
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札幌市南区真駒内柏丘地下鉄真駒内駅近くの音楽教室(ピアノ教室、声楽教室)、音楽工房G.M.Pの大楽勝美です。4月から新しい生徒さん達も入り、今年度も無事スタートしました。と同時にコンクールやオーディションの戦い(!)への火ぶたも開始されましたが(笑)。この時期にいつも思うのですが、「いつからいわゆるいい演奏というのが、表面的で感動が感じられない演奏がもてはやされるようになったんだろう」と。目を見張るきらびやかで派手さだけが目立つ、しかもパフォーマンス重視の中身の薄い音楽しかできない、聴く方も刹那的にその演奏を支持する傾向がだんだん顕著になってきているのではないでしょうか？もちろんこういう演奏では「感激」はしますが、「感動」とは違います。演奏者や作品を通じて聴く人たちが心を動かされることこそが、いわゆる「感動」するということなのです。感動の仕方は人それぞれです。保護者の方にとっては、発表会などで我が子がステージに立ってピアノを弾いていること自体が感動となることもあるでしょうし、お子さんの成長の証としてその演奏に感動することもあるでしょう。コンクールなどで、賞に入るか入らないで一喜一憂することもあります。また、小さくてもお子さんの心の底からの演奏に感動することだってありますよ。色々感動する要素はありますが、得てしてコンクールなどは勝負する場所なのでどうしてもパフォーマンス重視になりがちなので致し方ないところもありますが。昨今、感動するピアノコンサートがめっきり減ってしまっているのは残念です。巨匠と呼ばれるにふさわしいピアニストが、世界中でもほとんど見かけられなくなった現代では「パフォーマンスやすごいピアニスト」がいいピアニストの基準になってしまった感があります。巨匠や作品のスペシャリストのピアニストたちの演奏を実際生、生で聴いたり音源で聴いたりした年代のものとしては、音楽作品にリスペクトがない自己顕示のための演奏は何とも賛成しがたいところがあります。「人に感動を与える」ことを目指した指導をやり続けることが、何百年もの歴史を持つ、作曲家や作品に対する責任だと思いながら新年度もスタートさせました。
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<link>https://musicagrande.jp/blog/detail/20250412151148/</link>
<pubDate>Sat, 12 Apr 2025 16:17:00 +0900</pubDate>
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<title>伝統と自己顕示</title>
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札幌市南区真駒内柏丘にある音楽教室(ピアノ教室と声楽教室)、音楽工房G.M.P(ジーエムピー)の大楽勝美です。あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。もうだいぶ前ですが音楽大学の学生に「ベートーヴェンってどこの国の人が知ってるよね？」、「う～んハンガリーかな!」、「(^_^;)」ということがありました。「それじゃあOp.ってどういう意味？」、「えーっと、えーっと。。オクトパス(タコの意)」、「あっそう。。」と、こうなると笑っちゃいますね。でもこういう人が熱情とかスラスラ弾いちゃうからある意味、恐ろしいわけです。今は、学術的なことはわからないのが当然で、自分の勉強してる曲もYouTubeで聴けるというとてもお手軽な時代になつてしまい、「この曲、誰の演奏聴いた？」「わかりません」こんなふうです。ホントに恐ろしい時代になったと思いますが、それが当たり前の時代になってしまったのも現実なわけです。なぜそうなってしまったのか？ある時から演奏する方向性を見失なってしまったからなのだと思います。それは「芸術」が「芸能」に変わってしまったからです。〈虎の威を借る狐〉のピアニストが増殖したことにその原因があるのではないでしょうか。曲の偉大さをただの道具くらいにしか理解していないピアニストが主流になってしまっているからなのかももしれません。ピアニスティックなテクニックのアップした現代では、弾けない曲はないくらいにテクニックは進歩しました。何でも弾けちゃうんですね、楽に。そして、こうやって弾けばかっこいいとか聴いてる人が驚くとか、自己顕示欲の表現手段としてピアノを利用している自称ピアニストと呼ばれる人が増え続けていることに愕然とします。百歩譲って自己表現を顕示するためにピアノを演奏する事が生きる道のようなピアニストでも、いわゆる作曲家たちの思いを理解し、伝統を尊重しての自己表現であれば、それはそれでまだいいと思いますが、何の知識の下支えもなく、自己顕示が主のピアニストは、残念ながらピアニストとは呼べないと思っています。悪いことにしかしながら、そういう刹那的でチャレンジング、そして視覚的な演奏に聴衆の方々は惹きつけられ易いのも事実です。本当にいいピアニストは、ショパンやラフマニノフだけでなく、バッハやベートーヴェンも素晴らしく弾けるはずです。何百年の歴史を持つクラシックの歴史を理解して演奏できるピアニストは、聴き終わった時に心にずっしりとその演奏の重みが感動としていつまでも残されるものです。作曲家へのリスペクト、そして音楽の歴史、作品を通しながら、バランスよく最高の自己表現者として演奏できることこそがピアニストの真骨頂なんだと思います。リパッティのショパンやシューマン、バックハウスのベートーヴェン、ケンプのシューベルト、ゼルキンのブラームスの室内楽曲などをお聴きになると、その一端を垣間見ることができるかもしれません。そこには、コンクールなどの演奏とは全く別次元の、音楽の伝道者としての深い感動の演奏が味わえるかもしれませんよ。
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<link>https://musicagrande.jp/blog/detail/20250105120026/</link>
<pubDate>Sun, 05 Jan 2025 12:07:00 +0900</pubDate>
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<title>「芯のある音」弾けますか？</title>
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札幌市南区真駒内柏丘にある音楽教室(ピアノ教室、声楽教室)、音楽工房G.M.P(ジーエムピー)です。大変しばらくぶりのブログですみません。今回は分かっているようであまりよく分かっていないかもしれないピアノのテクニックの部分「指の仕事」についてです。鍵盤に触れる最終部分は指先だというのは当たり前のことですが、指先のどこで触れるかということも以前書いたことがあります。しかしながら、その触れる場所はあくまでも「よい音質」にするためであってタッチの強い弱いとはそんなに関係は深くありません。むしろ音は柔らかくなるものの芯のない、ふわっとした自信のなさそうな音になってしまうことの方があります。そのことは、何よりも音質とテクニカルの部分を混同してしまっているからなのではないかと思います。指は第一関節から第三関節まであるわけですから、それぞれの役割分担を理解しないと、極論すれば「固くて雑音か多い音」、「柔らかくて芯のない音」など、狭い範囲に偏ってしまいがちですす。コンクールなどでは、広いところで弾くことが多いので、多少硬くてもホールという空間がその音を緩和してくれるので、柔らかくて芯がない音よりもいい演奏に聴こえます。でもそのテクニックは本物ではありません。正しいテクニックを知り、そのテクニックの引出しが多ければ多いほど曲のレパートリーも将来的に広がることにがりますね。では指先の関節をどう使うのか？まず一番太い第三関節から第一関節へ、指の上げ下げ練習です。指の回転軸は関節が太いほど高く指が上がるので、回転させる時には第三関節はスピードをつけて高く、第二関節から第一関節へは上がる範囲上げ下げしてみてください。その時大事なのは、最初はどの関節の練習でも音を出さずに鍵盤の上で停めることです。それができたら、次は鍵盤の底まで一気に弾いてみます。注意点は第一関節は停めるときも底まで弾く時も指がブルドーザーのごとく鍵盤をつかみ取る感覚が必要です。このようにまずは、指全体を、何となくではなく、具体的に部分部分でその役割りをしっかり自覚させることから始め、少しずつ手首→肘→肩→腰といったより大きな力を使った部位へ移行するのが理想です。その意味でも最先端で活躍する「指」の使命は大きいですね。
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<link>https://musicagrande.jp/blog/detail/20241213162113/</link>
<pubDate>Fri, 13 Dec 2024 18:04:00 +0900</pubDate>
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<title>どんなピアノの基礎練習、どうやってますか？</title>
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地下鉄真駒内駅近くの音楽教室(ピアノ教室、声楽教室)、音楽工房G.M.Pの大楽勝美です。怒涛のようなコンクール審査ラッシュもひと通り落ち着いて、しばらくぶりのブログです。いつもコンクールなどの審査で感じることなのですが、それは小学校中学年くらいまでのお子さんと高学年との演奏内容のギャップです。高学年で高い演奏レベルでいい成績を取られる方は、普段から基礎練習をしっかりなさっているなぁという印象です。どういう基礎練習かというと、タッチの強さのみならずタッチの種類の多さ、つまりノンレガートやレガート、レッジェーロなどのタッチを曲の中で見事に弾き分けられていることです。さらにそのタッチを音色感にうまく結びつけられるので、やはり高いレベルの演奏内容になる訳ですね。小さい時はある程度テクニックの問題は、その方の音楽性で覆って曲を作ることは可能かと思いますが(もちろん基礎練習をしっかりなさっている方もいらっしゃいますが)、大きくなればなるほど基礎力の差が顕著にでてきます。では、どのような基礎練習が必要なのでしょうか？私が小学生からの基礎トレーニングは、まず機械的なフィンガートレーニングから始め、スケール、アルペッジョをノンレガート、レガート、レッジェーロでそれを終えると3度、6度、オクターブ、トレモロ、音を出さず指変えの順番でやりました。もちろん片手ずつです。ここまでは約20～30分です。使用する楽譜はブラームス51の練習曲やリストのテクニカルエチュード、ベートーヴェンのパッセージ練習の断片など作曲家が作った音楽的じゃない作品を使いました。特にリストのテクニックに特化したエチュードは結構ハードで忍耐が必要ですが、効果満点でした。彼の作品を演奏する秘訣があると言っても過言ではないかもしれません。全曲制覇しようと思うと何十年もかかってしまうほどパターンが多いので、もちろんピックアップしましたが（笑）。小さいお子さんの基礎トレーニングに使用する曲はもちろんハノンでもチェルニーでもケラーでも構わないと思うのですが、タッチや重音の練習などもアレンジしながら調性も弾きやすい調、弾きにくい調などに移調してやるのもいいと思います。1日15分くらいで充分かと思います。しかしながらこれだけでの基礎練習はもちろん全てではありません。これらのテクニカルな練習を曲の中でどう見つけ、音楽的に活かしていくのかという、謂わば応用基礎練習に進みます。ここで大事になってくるのは、「楽譜の読み方」「演奏解釈」になるのです。どんなに易しい曲でも難しい曲でもそれは存在します。指導する先生の腕の見せどころですね。しかし間違わないでください。あくまでも作品の解釈が先行すべきで、プラスその人の個性、感性なのです。自己顕示優先、誰かのマネの演奏はいづれメッキがはがれます。基礎練習がしっかりされていればいるほど、演奏の世界が広がっていきます。ピアノの基礎練習というのは、トレーニングとテクニックの種類の整理をコツコツ積み上げて行くことによって、曲中で応用され、ひいては作品全体の完成度も高めていくからです。
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<link>https://musicagrande.jp/blog/detail/20240905175059/</link>
<pubDate>Thu, 05 Sep 2024 18:04:00 +0900</pubDate>
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<title>モーツァルトを弾くのは難しい。。</title>
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札幌市南区真駒内柏丘にある音楽教室(ピアノ教室と声楽教室)、音楽工房G.M.Pの大楽勝美です。大変ご無沙汰のブログアップで申し訳ありません。。またこれからどしどしといきますのでよろしくお願いいたします。さて、ピアニストの中で「聴いているのは気持ちがいいけど、弾くのが難しい作曲家のNo.1」と言ったらまず頭に浮かぶ作曲家と言ったら、モーツァルトではないでしょうか？（笑）本番なんかではちょっとでも集中力が散漫になると、途端に指がもつれ出して一挙に奈落の底へなんてこともあります。実際、有名なピアニストが突然混乱状態になってついには演奏停止になったところを見たこともあります。しかもモーツァルトのピアニスト協奏曲でそれをやってしまったものですから、オーケストラも停止。。思い出すだけで冷や汗がタラ~ッです。では、そうならないためにどうしたらいいのでしょうか？モーツァルトのテクニックには、沢山のテクニックパターンがあります。まず、そのパターンごとにテクニックを練習します。特に大事なのは、「指使いの決定」です。それは例えば「デュポールの主題による変奏曲」などの変奏曲で様々なパターンを取り出し、パターンごとの練習をするといいかもしれません。別に他の曲でもいいのですが、なるべくテクニックパターンが豊富な曲がいいでしょうね。そして、その中でも基本的なことは「手首の高さと指先との接触面、弱い指に対しての指を上げるスピード」です。特にトリルなどでの速く指を回さなければいけない箇所が、ある意味モーツァルトなどの大きな古典派の特徴ですので、きれいに弾きたいですよね!これもやはりトリルパターンの練習方法を会得しなければなりません。スケールにはスケールのテクニックパターン、アルペッジョはアルペッジョのパターンなど、色々なパターンをつなぎ合わせていけば曲は完成するわけです。本番でもテクニックのパターンはできている訳なので、あとは自信を持ってモーツァルトの音楽を弾くだけです。まあでも、言うのは易し、やるのは難しですが、漫然と恐怖と戦いながらある種「賭け」のように弾きたくはありませんよね？！それぞれのモーツァルトテクニックパターンの細かい部分についてはいづれ、これまただいぶサボっているYouTubeの「ピアノ塾」でもやってみたいと考えています。どちらにしても、モーツァルトは自然に弾くのがほんとに難しい作曲家であることは間違いありませんが（笑）。
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<link>https://musicagrande.jp/blog/detail/20240703155346/</link>
<pubDate>Wed, 03 Jul 2024 16:01:00 +0900</pubDate>
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<title>札幌市|フジコ・ヘミングさん【音楽工房G.M.P】</title>
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札幌市南区真駒内柏丘の音楽教室(ピアノ教室、声楽教室)、音楽工房G.M.Pの大楽勝美です。当教室のブログ「ピアノピア～ノ」をお読みいただき、ありがとうございます。今日の朝、ピアニストのフジコ・ヘミングさんの訃報をニュースで聞き、驚きと悲しみでいっぱいです。。2021年10月29日、札幌コンサートホールKitara大ホールで、フジコさんのリサイタルを聴かせていただき、その直後私のラジオ番組のためにお疲れのところをインタビューに快く応じていただきました。その様子はこのブログにも書きましたが、あれから2年半してお別れするとは全く想像していませんでした。そして、不思議なことにご年齢が92歳、ご病名が膵臓癌ということでしたが、私の亡くなった父と病名と年齢が同じだったのでした。もちろん、偶然のこととは思いますが、私には何か感じるものがありました。あの時お話を伺ったフジコさんのピアニスト、芸術家としてのポリシーはまさしく私が考える「ピアニスト像」にピッタリで、今でも私の指針にさせていただいています、。彼女はよく「魂のピアニスト」と言われていますが、その魂とは何なのでしょうか？想像を絶するフジコさんの人生ヒストリーを聴衆が演奏を通じて感じるからでしょうか？あのラカンパネラの鐘の音がまさしく私には彼女の「心音」に聴こえるのです。劇的な人生を送っているにもかかわらす、柔らかく包み込むような音色で弾くピアニストは私は今まで知りません。確かに技巧的には見事に弾けるピアニストは沢山いますが、フジコさんのようにあの鐘の音に人生を載せられるのはやはり、困難を乗り越えた後の「魂の浄化」があるからではないでしょうか？「ラカンパネラは毎日弾いているのよ」とおっしゃっていました。そして何よりも音楽に対しての敬虔な姿勢や喜びが聴く人の心を打つんだと思います。フジコさんのようなピアニストは今の時代やこれからも出てこないような感じがします。ただ達者な自己顕示欲だけが強いピアニストはピアニストではないのです。フジコ・ヘミングさんは、音楽の伝統の伝道者であり、「魂の演奏とはこういうものよ」ということを身を以て表現できる唯一の、まさに「巨匠」であったと思います。フジコさんがインタビューの最後に「私は天国に行っても絶対ピアノ弾いてると思う。」とおっしゃっていました。きっとまた、天国でもコンサートをして、魂の演奏を続けているんでしょうね。謹んで御冥福をお祈りいたします。
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<link>https://musicagrande.jp/blog/detail/20240502105028/</link>
<pubDate>Thu, 02 May 2024 11:39:00 +0900</pubDate>
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<title>札幌市|コンクールの自由曲についての考察【音楽工房G.M.P】</title>
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札幌市南区真駒内駅近く、柏丘にある音楽教室(ピアノ教室、声楽教室)の大楽勝美です。今回もブログをお読みいただき、誠にありがとうございます。先日、コンクールの全国大会の審査に名古屋に行ってきました。未就学児の方から大人の方までが朝の9時半から夜の8時半過ぎまで熱演を繰り広げられました。今回で5回目のコンクールでしたが、そのレベルは確かに上がってきました。これからがまた楽しみになろうかと確信しました。さて、このコンクールに限らず近年は自由曲の選択傾向に少々偏向が見られる感があるような気がします。特に小さいお子さんが弾かれる曲が日本人作曲家の作品が多いと感じます。日本人の曲が悪いとは決して思いませんが、なぜ多いのでしょうか？ある審査員の先生に聞いてみると「選択肢が多いからではないのでしょうか」とのこと。確かに日本人の感性に合って、テクニック的にも様々なレベルに合わせられ、コンクールにも映える作品が沢山あり、その数は西洋の作曲家よりも格段に豊富です。そしてまた、結構いい曲もありますね。ところが、ある年齢以上になると選択する自由曲がベートーヴェンやショパン、ラフマニノフなどの作品に変わっていきます。日本人の作品はほとんど選択されません。とは言ってもロマン派、近現代曲がほとんどです。まあ、この傾向はごく自然だと思いますが。僕が演奏を聴く場合、「ああ、この方は古典派の曲をあまりやってないな。」ということが聴いているとすぐに分かります。もちろんコンクールなどではその弾いている曲での採点ですからやってるやってないは全く採点には関係はありません(笑)。ただ、コンクールに入賞しようとするがためだけに、自由曲を選択してほしくないなというのが本音です。古典派の作品で高得点を目指したほうが、その方の将来への展望が明るくなることは間違いと思います。音楽作品は歴史の積み重ねの上に立って出来上がっています。刹那的な作品とは一線を画しています。特に、バロック、古典派を勉強することは、演奏の根っこをしっかりさせ、太い幹を作り、やがて様々な枝を広がらせることに繋がっていくのだと確信してます。目先の結果も大切かもしれませんが、それはやがて行き止まりにあたってしまうかもしれません。演奏もまさに「温故知新」なのです。そういう意味で、コンクールの「自由曲」の選択は将来に向けての大事な選択でもあると考えます。
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<link>https://musicagrande.jp/blog/detail/20240406122123/</link>
<pubDate>Sat, 06 Apr 2024 12:45:00 +0900</pubDate>
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